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昔の仕事の話

先日とある会社さんで、前職時代にお付き合いのあった方に遭遇しました。僕は名刺交換をした時には気づきませんでしたが、幸いにも先方が気づいてくれました。

しばらく悩んでやっと思い出したのですが、かれこれ7,8年前に前職で基幹システムを導入した際のシステム開発会社の担当者さんだとわかりました。僕が社内SE、彼が先方の営業担当という立場でシステム構築を頑張った同志です。今となっては笑い話なのですが、結構当時は大変な思いをしました。昔を振り替える良い機会なのでブログにまとめます。

大きな失敗

当時まだ27, 8歳ぐらいだったと思いますが、前職では Excel, FileMaker での売上管理に限界を感じ、基幹システムを導入するということになりました。僕はそのプロジェクトを任せられており、予算もそれなりの金額を預かっていました。社内SEは僕しかいなかったため、実質的には担当者であり責任者でもあるという感じです。
結果、プロジェクトは大失敗。業務知識もビジネススキルもない自分には荷が重たかったのかもしれませんが、プロジェクトのカットオーバーから3ヶ月ぐらいでこれはまずいという状態になりました。システムは全然動かないし、スケジュール通りには進まないし、現場からは使いづらいとクレームが出るし…
果ては、そのシステム開発会社の担当者さんと自分が経営会議に出席し(というか呼び出され)、今後のプロジェクトをどうするかという事態にまで発展しました。

救いの手

その経営会議では、僕を担当者から外すという意見や、システム開発会社を変更する等、様々な議論がありました。明らかにこのままでは上手くいかないという状態ではあったのですが、そこで救ってくれたのが当時の社長でした。僕以外にシステムに詳しい奴はいないので、こいつにもう少し任せよう、というような事でその場を押し切って頂いたと記憶しています。そこからはシステム開発会社さんとも必死に挽回し、なんとか第1フェーズのカットオーバーを迎えることが出来ました。しかし、その開発会社さんとは第1フェーズの終了を最後に契約更新はありませんでした。

その後のシステム開発

別の社員が紹介してくれたシステム開発会社さんと新たに仕切り直し、第2, 第3フェーズと継続的な開発を行うことが出来ました。結果、一連のシステムも完成し、基幹システムとして無事に稼働することが出来ました。2年ほどかけての仕事でしたので、その開発を通じて、自分自身も確実に成長させて頂きました。

そもそもの話

基幹システムをフルスクラッチで開発しようとしたことが間違いでした。IT業界の方ならご存知だとは思いますが、受託開発の大半は失敗します。ましてや、業務ロジックが入り込む基幹システムにおいて知識もスキルも経験もない人間が担当するなんて失敗するに決まっています。おとなしくパッケージを入れれば良かったのに、スクラッチで行きたかったのは少しでも使いやすいシステムにしたかったという良心と、自分はやれるという過信の両方があったからでしょう。

今の話

話は今に戻って、冒頭にも書いた通り、自分はその担当者さんを忘れると同時に苦い経験まで忘れていました。前述の経営会議の席では、本気で辞表を出そうと思っていましたし、当時の上司もそのように考えていたと後から聞きました。
そこまで思い悩んでいたのに、元来の楽天的な性格が影響しているのはもちろんですが、この7,8年間に起きた出来事のほうが大きすぎてすっかり忘れてしまっていたのです。ブログには書けない大失敗がたくさんありすぎて、過去の失敗の記憶が上書きされてしまっていたのです。

ただ、彼は違いました。律儀にメールを送ってくださり、彼が転職する際に当時の失敗を詫びることができなかったのが心残りだったと言ってくれました。僕と違って真摯な方だと思いました。
そんな彼とは来月飲みに行く約束をしました。このような形で再会させてくれた運命に感謝するとともに、当時の失敗話を肴に美味い酒を飲んできたいと思います。